書籍「誰を生きている」の昆野さん「小田急線で痴漢を目撃!②取調室で証言する

帰宅するも刑事課から電話が
電車を降りると、私は新百合ヶ丘駅の駅員室に向かいました。駅員室にいる駅員に窓越しに声を掛け、「登戸駅で痴漢を掴まえた女性が駅員に助けを求めていたが、その後どうなったのか心配なので教えてほしい」と伝えました。
すぐに駅員は、登戸駅に電話をして状況を確認してくれました。すると、すでに警察が来て対応しているとのことでした。
「そうですか、それじゃ安心ですね」と言ってその場を去ろうとした私に、駅員がこう言いました。
「目撃情報はとても重要なので名前と電話番号を記入いただけないでしょうか? もし警察から連絡があった場合、目撃証人になっていただいてもよろしいですか?」
そりゃそうだろうと思った私は「もちろんです」と応え、メモを渡して帰宅しました。
後から考えると、この瞬間から私は別の世界に入り込んで行ったような気がします(笑)。
帰宅して5分程経ってから、多摩警察署の刑事課の方から電話がありました。
随分タイミングがいいなと思いながら私が用件を聞くと、「痴漢を目撃された証言をしていただきたいので、今から警察署に来ていただけないでしょうか。何なら車でお迎えに行きます」とのこと。
刑事課?・・・と思いながら、「分かりました、電車で行きます」と私は承諾しました。
長い長い質問の後に‥
その後夕飯を食べてから、私は電車で向ケ丘遊園駅に行き多摩警察署に向かいました。警察署に着いたのは21時30分頃でした。
警察署1階の玄関近くにいた私を迎えに来たのは、先ほど電話をくれた刑事課の方でした。すぐに一緒に2階に行くと、「そちらの取調室でお願いします」と言われました。
取調室? なんで目撃者が取調室なのか・・・と思いましたが、一生に一度入れるかどうかという場所なので、まあいいかと質問もせずに取調室に入ろうとしました。
すると今度は、「すみません、携帯・スマホは取調室に持ち込めないので、こちらの箱に入れてください」と、申し訳なさそうに同じ刑事課の方が言いました。 「そうですか・・・」と、苦笑しながら私はスマホを箱に入れました。
3畳程の広さの取調室の中は、年期の入ったスチール机が1つと、向かい合わせに椅子が2つあり、窓には鉄格子があります。
入り口側の天井にはカメラが設置されていて常時こちらを監視しており、ドアの小窓にはマジックミラーが組み込まれています。部屋の壁が白く蛍光灯のため、異様に明るい状態です。
お茶の一杯ぐらいは出るんだろうな・・・、そう私は思っていましたが、そのような気配は感じられませんでした。(笑)
さっそく、私に対する聴き取りが始まりました。相手の方は、先ほどの若くて真面目そうな刑事さんです。
まず聞かれたのは私の氏名や住所、職業などすべて私のことばかり。 質問に答える度に、刑事さんはパソコンで調書を打ち始めます。これではかなり時間が掛りそうだなと思いながら、ひとつひとつ私は質問に答えていきました。
10分程経ってから突然他の警官が入って来て、ペットボトルのお茶を私にくれました。このタイミングでお茶が出るのか、すべてが “ちぐはぐ” だなあという印象でした。 お茶を持って来た警官に「容疑者はどうですか?」と私が聞くと、「まだ認めてないんですよ」と、元気よく答えました。
その後、しばらくの間、私は刑事さんの質問に答えていました。
どこの駅から乗車したのか、仕事の帰りか、何時のどこ行きの電車の何両目に乗ったか、私が車内のどの辺りにどのような状態でいたか、電車の中の込み具合はどうだったか、私と女性と容疑者の位置関係と顔の向きは、最初に気がついたのはいつどの辺りか、その時の状況は、なぜ痴漢だと思ったのか、女性の様子は、容疑者は何をしていたか、容疑者の顔を見たのはどの時点か・・・。
質問は時系列に詳細で、私が質問に答える度に刑事さんはパソコンを打っています。
「もう2時間程経っているだろうか・・・」
その時、先ほどお茶をくれた警官がまた入って来て、「容疑者は後ろからどのようにしていましたか?」と私に言って、その状況を再現してほしいので自分の後ろに立つよう頼みました。
「容疑者は、まだ認めていないのか・・・」
そう思いながら、私は警官の後ろに立って、私の左手を警官の左太腿の辺りに置きました。
あまり気分が良くないなあと思いながら、私は解説を交えながら、いつしか容疑者の立場で痴漢の状況を再現していました。(笑)
‥‥つづく
昆野直樹さんについてはこちらへ
書籍「誰を生きている」はこちらへ