書籍「誰を生きている」の昆野さん「小田急線で痴漢を目撃!③「長時間の聴取を受けて」

警察署の取調室で、痴漢の状況を再現することになりました。
すると、実演中のその警官は、容疑者をマジックミラー越しに見て間違いないか確認してほしいと言いました。
私たちは取調室を出て、2つ隣りの取調室にいる容疑者の部屋の中を覗き込みました。容疑者の隣には、通訳の女性が座っていました。
私は、間違いないはずだと思いながらも、電車の中にいた時の図々しさが薄れているような感じがすることと、帽子を被っていたので帽子を被らないと分からないと伝えました。
「分かりました。帽子を被らせます」と警官が言い、中に入って被らせてから再度「どうですか?」と聞きました。
「顔の向きが逆ですね」と私が言うと、また中に入って顔の向きを変えさせました。
「もっと帽子のひさしが上がっていましたね」と私。また中に入ってひさしを上げて「どうですか?」と警官。
「んー、間違いないですね」と私が答えると、やっと終了しました。
私が取調室に戻った時には、すでに午前0時を過ぎていました。
「まだまだ終わりそうにないな・・・」そう私が思っていると、「終電が無くなるので、ご自宅までお送りします」と、刑事さんが申し訳なさそうに言い、聴き取りを続けました。
どうやら刑事さんは、普段あまり聴き取りをしたことがないのか不慣れなようで、何度も私に謝りながら聴き取りとパソコンでの入力を繰り返しています。
聴き取りの後は‥‥
しばらくして、やっと調書ができあがりました。よし、これで開放かなと私は思いました。
すると今度は、現場の再現写真を撮影したいので、3階に上がってほしいと言われました。
そこには女性のマネキンが立っていました。そして若い警官が犯人役だと言いました。
まず、女性と犯人と私の位置関係を再現しました。
そして、犯人が女性にどのようにしていたのかを警官が私に確認しながら、写真を撮り始めました。
何枚も写真を撮っているうちに、何故私がこんなに撮られなければならないのかと、私は少しむっとしていました。
何だか嫌な気分だな・・・。
結局、すべてが終わったのは午前1時30分でした。
2時間は掛かるだろうと覚悟をしていましたが、パソコンで調書を作成しながらの聴き取りは予想以上に時間が掛かりました。
それでも警察の方々は皆さん親切で、覆面パトカーで私を自宅まで送ってくれました。
痴漢を証言する大変さ
覆面パトカーの後部座席に座りながら、「これでいいのかな?」という疑問と、何だか煮え切らない想いが湧いてきました。
目撃証言をする人がこれほど長時間の聴取を受け、しかも取調室で拘束されることを知っていたら、ほとんどの人は証言することを躊躇するだろうな。
目撃者の証言は非常に重要だと言いながら、証言したがらない人を増やしている。
そのことに、警察は気がついているのだろうか?
私は、そんなことを考えていました。
昨今、痴漢の冤罪によって、サラリーマンが一生を棒に振ってしまうような深刻な事件を耳にします。
第三者の目撃証言は、今後ますます重要な意味を持つのは間違いないでしょう。
そうであれば、聴取の時短、簡素化、待遇改善(応接室での聴取など)をしなければ証言する人はいなくなってしまいます。
あの刑事さんに手紙を書いた方がいいのかな。私はそんなことを考えていました。
覆面パトカーが自宅前に到着して、何から何まで貴重な経験をした1日がやっと終わりました。
翌日の朝、妻からの「あまりにも帰宅が遅いので、犯人に間違えられたんじゃないかと思った」というジョークにもならない暴言で、1日が始まってしまいました(笑)。
(おしまい)
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