月にはウサギの他にふたりが住んでいる~秋の夜長、中国の物語を楽しみながら

2回咲いた金木犀
テレワークが私の日常にすっかり定着しました。もうコロナ禍以前には戻れません。
家で過ごす時間が多くなると、お日様や外の風、空気、草木が恋しくなります。そこで、時々公園や川沿いを歩くようにしています。
せせらぎの音も草木の香りも、人の本能を刺激するのでしょうか。「ああ、人も動物であり、自然の一部なのだなあ」と改めて思います。つい深呼吸をしたくなります。
しかし、残念ながら今では、風に乗って漂ってくる草木の匂いを胸いっぱいに吸うには、わざわざマスクを外さなければなりません。
唯一、マスクをつけたままでも感じられるのは金木犀の香りです。それだけ強い香りということでしょう。「キツイ」と言って敬遠する人もいるそうですが、私は大好きなのです。

今年の金木犀は2回も花を咲かせたとネット上でも大騒ぎでした。9月の中頃に早々と咲いて、仲秋の名月も待てずにそそくさと散ってしまいました。残念がっていたら、10月上旬にまた一斉に咲きました。おかげで、2度楽しめました。
もともと金木犀は中国から渡来した花だそうです。花期は9月中旬から10月下旬で、涼しくなる頃に咲きます。
東京に住む私の感覚では、いつもちょうど中秋の名月前後と重なります。
月夜の散歩中、どこからともなく漂ってくるその甘い香りを嗅ぐと、いつも月の世界に思いを馳せます。

月にいるウサギは薬を作っている!?
月にはウサギが住んでいるそうですね。ウサギが月に住むようになったのは、仏教の説話に由来するそうです。
天界の守り神が老人に扮して山で倒れ、食べものを与えてほしいと、ウサギとサルとキツネに頼みます。サルとキツネはそれぞれ食べ物を探してきたのですが、何も探せなかったウサギは火に身投げして自分を焼いて食べてもらうことにしました。
ウサギは死んでしまいましたが、その真心に感動した守り神はウサギの魂を月に住まわせたそうです。
日本では、そのウサギは月で餅をついているそうですね。なぜ「餅」なのかについては諸説があるようで、ここでは省きます。
中国では、月のウサギが作っているのは「餅」ではなく「不老不死」の薬だそうです。

月に住んでいる美女はだれ?
不老不死の薬は嫦娥(ジョウガ、仙女)の物語と関係があると言われています。不老不死の薬を作っているのは実は嫦娥で、ウサギ(玉兎)はそのお手伝いをしているのです。
嫦娥はもともと地上人で、九つの太陽を射ち落とした英雄后羿(こうげい)の妻。后羿はすべてを焼き焦がしてしまう十の太陽のうち、九つを射ち落として、最後のひとつを人類のために残したそうです。
その功績により、后羿は神様になれる不老不死の薬を天界から与えられます。でも、愛しい妻(嫦娥)をおいて自分だけが神様になるわけにはいかないと、飲まずに嫦娥に預けたのです。
ところが、ある日、夫の留守中に強盗が不老不死の薬を狙ってやってきました。
嫦娥は薬を強盗から守るために自ら飲み込んでしまいます。それで独り昇天して月に住むようになったという訳です。
欲張りはいけませんね
実は、月にもうひとり、呉剛(ゴコウ)という男性も住んでいます。
彼は何をしているのかと言うと、「桂の木」を斧で切っているのです。切っても、切っても、元どおり。絶対に切り倒せません。永遠に切っているのです。それは神様が呉剛に与えた罰なのです。
呉剛も元々地上人です。
月に住むようになった物語はたくさんのバージョンがあります。私が好きなバージョンを紹介しましょう。
木こりの呉剛の庭に一本の「桂の木」(金木犀)が生えてきました。一年中花を咲かせる不思議な木でした。呉剛はその花を売って財を成し、また、その花を使って宮廷の貴人の病気を治して官位をもらいました。
しかし、宮廷の貴人が死ぬとき、もっと高い官位をあげるからその桂の木を切り倒して一緒に埋葬してほしいと持ちかけます。呉剛はもっと官位が欲しくて、桂の木を切り倒そうとします。
その欲深さに怒った神様は桂の木を月に移し、罰として絶対に不可能な仕事を言いつけた、という訳です。

ほっと一息いれましょう
中国では、中秋節を祝うテレビ番組で、呉剛に扮した役者が「桂花酒」(金木犀のお酒)を献上するシーンが登場したりします。
呉剛が「桂花酒」を作る名人でもあるようです。呉剛の秘伝かわかりませんが、中国には桂花陳酒というお酒がありますね。とても甘いのですが、渋めに入れたホット紅茶で割って飲むのが、私は好きです。
秋も深まり、冬の足音さえ聞こえそうなこの頃。
季節はずれの金木犀の話題で恐縮ですが、呉剛の「桂花酒」と見立て、ホット紅茶割りを作って、金木犀の香りのする湯気を楽しみながら、秋の夜長に温まりませんか。

長江春子(小春)
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